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続・膝枕


 ――他人振り見て我が振り直せ、と言うわけでもありませんが、

 誰かの甘える様子を見たりして、それは唐突に感じたりすることも――














 ・ある風祝(+α)の場合




 最後の一針を通し慎重に糸を結んで余った部分をちょんと切る。
 氷精の小柄な体躯にあわせたそれを目の前に広げると、店主は満足気に一息ついた。
 短時間で一から仕立てたにしては上々の出来である。後は穏やかに眠り続けるこの氷精をどう起こすか
と考え始めた時店主の膝を枕に眠る氷精がちょうど寝ぼけ眼を擦りながらむくりと身を起こした。

 「良く眠れたかい?」
 「んー…………あ!」

 店主の持つ仕立てたばかりのワンピースに気が付いたところでがばっと立ち上がり、引きずるように着ていた
半纏をそこら辺に脱ぎ捨てると店主の手の中からそれをひったくる。
 その事に店主が小言を言おうと口を開く前に服を着込むとたちまち上機嫌になり、その場でくるりと一回転。

 「似合う!?」
 「ああ」
 「えへへー」

 にこやかに短く告げた店主への照れ隠しか、はたまた単に嬉しいのか氷精はふよふよと辺りを飛んで
くるくる回る。
 やはり子供だな、と笑う店主。
 一通り喜びを表し終えて満足したのか氷精は店主の前に降り立つとはにかみながら口を開き、

 「ありがとね」

 それだけ言って身を翻した。年頃の少女らしい可愛げのある仕草にそのまま見送ってしまいそうになった店主が、慌てて氷精を引き止める。

 「待ちたまえ、まだその服の対価を貰ってないよ」
 「あたしお金なんか持ってないよ」

 悪びれず、と言うよりは少々偉そうに氷精が返した。しかしそんなことは百も承知とばかりに店主は動じない。

 「だろうと思ったから、元よりそのつもりはない。 ……ところで、君は夏でも元気に飛びまわれるそうじゃないか」
 「何だかよく分かんないけど、まあね。 なんたってあたしはさいきょーだからね!」

 何が根拠か知らないが、氷精は腰に手をあて踏ん反り返る。

 「わかったわかった。 代わりと言っては何だが、夏になったらここに遊びに来てくれないか?」
 「そんなことでいいの?」
 「ああ、十分だ」

 冬の厳しい幻想郷とて夏の暑い事に変わりはないが、その日差しの中でも平気と言うなら店内の暑気払いくらい軽いものだろう。
 外の世界では夏の熱気を退けるために大層な機械を作ったそうだが、こと幻想郷に於いてはこれこの通り、僕くらいにもなれば少々の知恵と腕を振るうだけで事足りる
 恩恵に与れるのは暫く先だが、実際服一着を仕立てた見返りとしては十分だ。
 む、服と言えば気になることが一つ。

 「そうそう、君には聞きたいことがあるんだが」
 「何?」
 「僕が君の服を仕立てたのはこれが始めてだ。 では、これまでは服が破れたりしたときは
どうしていたんだい?」
 「んー……どうもしてないよ?」

 これは一体どういうことであろう。氷精の着ていた服自体は普通の生地であったし、よもや独りでに直ると言う事もあるまいが。

 「他の誰かがやってくれるのかい?」
 「わかんない。 目が覚めたらとか、気が付いたらいつも直ってたから気にした事もなかったよ」

 そう言えばどうしてだろー?と氷精は首を傾げ、ふうむと店主は首を捻る。
 自身の推察で挙げた妖精の仕業だとすればこの話、自説の信憑性を高める事にもなり得るが、同属でないとは言え他の妖精にも容易に姿を現さないとあれば接触の機会を得るのは難しそうだ。
 思えばその妖精についての逸話や伝承について自分はほとんど知らない。さしあたってその道に明るい誰かに知り合いから辿るか、それとも関連する書物を探すべきか――

 「急に黙り込んで、どうしたの?」

 その声に思考の海から意識が引き上げられると目の前に氷精の顔があった。 やれやれ僕の悪い癖だなと、「何でもないよ」と言いつつ自嘲気味に店主は笑う。
 まあ別に直そうなどと言う気はさらさらないのであるが。

 「さて、引き止めて悪かったね」
 「ううん、あたしも一つ聞き忘れてた事があったから」
 「何だい?」

 えっとね、と言い淀んだ氷精は恥ずかしそうに視線を逸らし、暫く後ろに組んだ手をわきわきさせて
ようやく告げた。

 「夏になる前でも、またここに遊びに来てもいい?」

 何かと思えばそんなことかと苦笑する店主。 また客ならぬ客が増えるのかと思い、小さく溜め息をつきながらも氷精の小さな頭に手を乗せる。
 その時氷精の向こうで来客を告げるカウベルと控えめな声が聞こえたが、気付いているのかどうなのかそのまま口を開いた。

 「ここで暴れないと約束できるなら、いつでもおいで。 ついでに何か珍しいものや面白そうなものが見つかった時に持ってきてくれると有り難い」

 わしわしとその頭を撫でてやりながら言ってやると、氷精は元気よく頷き

 「じゃあまた来るね!」

 と新たな来客の脇をすり抜けて、店から文字通り飛び出して行った。
 騒々しく去っていくその姿に誰かを思い出して少し笑うと、入り口脇に佇む人物に声を掛ける。

 「放って置いてすまないね。 改めまして、いらっしゃい。 本日はどのような物をお探しで?」

 普段と変わらぬその言葉に、しかし驚く風祝の巫女。
 彼女が虚を突かれたのは声ではなく、店主が浮かべるその笑顔。
 ささいな会話の合間に覗かせる事はあっても来客の挨拶ではついぞ見せる事のなかった自然な笑みだが、
何度言っても出来そうになかったのでまたいつも通りだろうと思って面食らってしまったのだ。
 しかし落ち着いて見ればいつもの無愛想な雰囲気はどこへやら、何とも人好きのする笑顔である。
 これが続けられれば店の売り上げももう少し何とかなるのではないかと思うが、店の惨状と店主の人となりを考えるに、店主と店がそのままでは変わりようも無いかと思い直して笑ってしまった。
 とは言え、ここ香霖堂は風祝のちょっとしたお気に入りだ。
 知り合いの妖怪の山の鴉天狗の少女に教えてもらって初めて店を訪れた時は店の戸を開くのも躊躇ったほどだが、慣れてしまえば雑然とした店内も彼女にしてみると懐かしい品々の並ぶおもちゃ箱のようであったし、店主の長ったらしい薀蓄も楽しめた。
 人里離れた立地や薄暗い店内さえ、今では何となく秘密めいた雰囲気を醸し出しているように思う。
 まあ結局のところ、こんな店を気に入る自分も変わり者だと考えながら店の中ほどまで歩を進め、

 「いえ、特にこれと言った物があったわけじゃなくて。 何かいいものでもあればと思」
 「店主の膝はお幾らかしら?」

 唐突に店主の後ろの虚空から生えた女性の上半身に今度は声を上げて驚いた。
 それを差し置いて店主は途端に不機嫌に顰めた顔で首筋にしなだれかかる大妖へと棘を含んだ声音で返す。

 「生憎香霖堂では生き物は扱っていないし、僕自身を売り物にするつもりもない」
 「あら、さっきの氷精には貸してあげていたようですけれど?」

 咄嗟にスペルカードを構えた風祝だが、闖入者が見知った顔である事を確認しておずおずと懐にしまう。
 普段から得体の知れなさを振り撒くこの大妖のことを風祝も苦手としているが、それとは関係なしに腰から上だけが宙に浮かんでいる絵は結構怖い。
 それはそれとして、大妖にさらりと言い返された店主はいつから覗いていたのやらと渋い顔。

 「あれで対価を貰ったわけじゃない、厚意で貸してやっていただけだ」
 「ならどうして私には貸して頂けないのかしら」
 「客が店を選ぶ権利があるように店にも客を選ぶ権利と言うものはある」
 「つれないわねぇ。 ……もしかして、そう言うご趣味?」

 やや低い音で言いながら、大妖は店主から体を離し開いた扇子で口元を隠してスキマの端によよともたれかかる。その芝居掛かった仕草を視界の端に捉えて呆れたように店主は溜め息をついた。

 「断じて違う、人聞きの悪い事を言うんじゃない」

 語調を強めて否定してみたものの、見れば風祝の巫女は少し怯えた様子で後ずさっている。やりきれないものを感じて頭が痛みを訴え、思わず額に手を当て大げさに息を吐く。 

 「……ああもう、わかった。好きにすればいいさ」

 諦めて、風祝の少女にこれ以上あることないこと吹き込まれる前にと店主は折れた。 すると扇子をぱちんと閉じて、無邪気な笑顔でスキマから這い出すと大妖は上機嫌で店主の膝の上に頭を落ち着かせる。

 ――相変わらず何を考えているのやら。 やはりこの手合いはどうにも苦手だ……

 結局いいようにやられてしまった悔しさからか店主が押し黙って作業台の上を片付けていると、じっと見上げる大妖の不機嫌な視線と目が合った。

 「私の頭は撫でて下さらないのかしら?」
 「…………」

 若干拗ねたような声なのだが、瞳の奥にはからかうような色が見え隠れ。 それを見るまでもなく見抜いた店主は憮然としたまま無造作に大妖の緩く波打つ豊かな金糸に手を置くと、些か乱雑に撫で付けた。

 「きゃっ……乙女の髪はもっと丁寧に扱うものでしてよ」
 「……注文の多いことだ」

 もう既に本日何度目になるか分からない溜め息をつきながらも、疲れたような言葉とは裏腹に髪を梳く手つきがゆったりと優しいものに変わる。

 「ふふっ」

 満足そうな笑みを浮かべる大妖に、店主は不満気に台に肘つき頬を乗せる。 何気なく視線を巡らすと店の真ん中辺りで所在無げに立ち尽くす風祝が何故だか申し訳なさそうな顔で頭を下げ、踵を返そうとしていた。
 折角の客だと言うのに満足に接客も出来ずにこの体たらく。 こっちの方が申し訳なかったと声を掛けようとしたところで膝の上の頭が半回転。
怪しげな笑顔で風祝の目を見据えていた。
 
 「もう片方が空いてる事だし、貴女もどう?」
 「わ、私はその……」

 狼狽える風祝に笑みを深める大妖をちらりと見下ろし、店主は呆れたように嘆息する。

 「彼女の言う事を一々真に受ける必要はないよ」
 「そうかしら? さっきは妖精を羨ましそうに見ていたようだけれど」

 その言葉に風祝はびくりと身体を震わせ頬を赤らめると視線を床に落とし、暫し逡巡した後でぽつりと呟いた。

 「私は…………いいですよ」
 「損な性格ね。 その様子では、殆ど素直に甘えた事がないのではなくて?」
 「…………」

 しゅんとして今度こそ風祝は黙り込み、店主は言葉を失った。顔の熱も冷め切っている。
 店主に頭を撫でてもらう氷精を見てほんの一瞬よぎったその想い。
 風祝の巫女として、奇跡を起こす現人神としての立場を理解して以来、胸の奥に押し込んでいた物を僅かな隙間からこの大妖に見透かされてしまった。
 だがそれがどうしたと言うのだろう。 一体、どうしろと言うのだろう。
 人々の信仰を集める者が、ましてやそれが崇め奉る神に子供のように甘えるなど――
 とそこに、まったく、と呆れたような声。 顔を上げれば半身を起こして真剣な顔でこちらを見つめる大妖の姿。

 「人の一生は私達に比べれば余りに短く、子供の成長は早い。 それ故に人の子が子供らしくある間はほんの一瞬みたいなものよ」

 だからね、と頬を緩めると慈母のような優しい笑みに変わる。

 「偶には甘えてみなさいな。 子供に甘えられて嬉しくない親なんて居ないんだから」

 途端にかあっと風祝の頬に朱が差して、相変わらず俯いたままだが視線を忙しなく動かしている。

 「そう言うものなんでしょうか……?」
 「勿論よ。 それに、案外甘えてくれなくって寂しがってるかもね」
 「でもそんな……急に甘えろと言われても……」
 「だ、か、ら、店主の膝で練習してみてはどうかしら?」

 はっとして店主の顔を見つめる風祝。その視界の端で大妖はくすくすと笑っていた。

 「……如何に僕でもこの流れで嫌と言うはずがないだろう。 僕ので良ければ好きにするといい」

 観念したような店主の声に益々顔を赤くしながらも風祝は律儀に頭を下げ、固い歩みで店主の側に座ると、

 「えっとその……失礼します」

 おっかなびっくり店主の膝に頭を乗せる事に成功した。
 拳を握り締め全身を強張らせる風祝に困惑しながらも店主は艶やかな緑髪にそっと触れる。

 「…………っ!」

 その瞬間に少女の体がびくりと跳ねた。驚いて店主が手を離すと、隣で大妖が手を口に当てて笑いを堪えている。 それを半眼で睨んでやるが大妖は尚も可笑しそうに笑うと店主の代わりに風祝の頭を撫でた。

 「そんなに緊張してちゃ甘えるも何も無いわよ。 落ち着いて、肩の力を抜きなさいな」

 そのまま何度か撫でる内、徐々に体が脱力していく。 頃合を見て店主に目配せするとまたも半眼で見返されたが、素知らぬ顔で再び店主の膝に頭を預けた。
仕方無しに優しく髪を撫でてやると、漸く落ち着いたのか風祝は心地良さそうに息を吐いた。
 未だに頬の熱は冷め切っていないが、何とか固さは抜けたようで今はくすぐったそうに微笑んでいる。
 それでもやはり触れる手が気になるのか時折店主の方を見上げてくるので、その都度目が合っては慌てたようにそっぽを向いてしまう。
 不思議そうに首を傾げる店主を見て相変わらず楚々と笑う大妖に、店主は溜め息を溢しながらもその手つきは柔らかく、風祝の長い髪を優しく撫でていた。





 優しく二人が見つめる中で、ストーブの音が静かに響く店内に小さな寝息が混じるのにそう時間は掛からなかった。




















 「眠ってしまったな」

 そう大妖に言ったはずなのだが、聞き取る相手は誰も居らず言葉は空しく虚空に消える。 返事が無いのを不審に思い反対の膝の上を見てみると、こちらも同じように穏やかな寝息を立てていた。
 店主は小さく頭を振ると、二人を起こさないようにそろりと自分の膝掛けを抜き取って風祝に掛けてやり、大妖には氷精が脱ぎ捨てていった半纏を肩からそっと被せてやる。
 それから運良く手の届くところに落ちていた本を一冊手に取るとちらりと店の時計に目をやって、あと半刻は問題ないかと当たりを付け静かに静かに読み始めた。

























 結果から言えば、店主が二人を起こす必要はなかった。
 本を読み始めてから半刻を待たずして、風祝の巫女は店主の膝の上で身じろぎしたかと思うとうっすらと目を開け辺りをきょろきょろ見渡し、

 「今、何時ですか!?」

 掛けられていた膝掛けを跳ね飛ばして立ち上がった。 手元の本から視線を上げ、店主は店の時計を見ながら一瞬の黙考を挟む。

 「酉二つを過ぎたぐらい……いや、そのまま6時を少し回ったところと言った方が君には分かりやすかったか」
 「大変!早く帰ってお夕飯の支度しないと!」

 慌しく立ち上がるとそのまま店の入り口まで駆けて行きかけ、突然振り返って頭を下げた。

 「あああのすいませんでしたご迷惑をお掛けして……」

 羞恥か何かは分からないが顔を赤くしながらしきりに頭を下げる風祝に、流石に店主が口を挟もうとした時またもどこかから笑い声。 見れば何時の間にやら目を覚ましていた大妖が店主の膝の上で笑っていた。
 思わず動きを止めた風祝に向かい、すっと指で宙をなぞると風祝の隣の空間が音も無く裂ける。

 「飛んで行ったんじゃ時間がかかるでしょう。 それに女の子に夜道の一人歩きは危ないから、私が送ってあげるわ」

 自身の背丈同じくらいに開いたスキマの中を恐々と覗いていた風祝が不安げに大妖の方を見れば、それに笑顔で頷いた。 それから一息吐いて覚悟を決めたらしい風祝に、何を思いついたのか大妖が側に開けた小さなスキマに手を突っ込んでごそごそ探し始め、すぐに探り当てた何かを風祝の目の前に開いたスキマから手だけを出して受け取らせる。

 「ひゃっ……羊羹?」
 「あの二柱がごねるようだったらそれでも出しておきなさい」

 それを見た瞬間に店主が何かを言いかけたが、それより早く風祝は一礼し

 「有難うございます。 ……では、お邪魔しました」

 スキマの中へ身を躍らせた。
 後に残るは薄暗く静かな店内のみ。 そこへ店主の溜め息一つ。

 「……さっきの羊羹。 僕が戸棚に仕舞っておいた物に良く似ていたのだが」
 「そうでしょうね。 そこから取り出したんですもの」

 しれっと答える大妖に、苦い顔で店主は頬杖をついた。

 「少々行儀が悪いんじゃないか」
 「可憐な少女を二人も侍らせたんですもの、安いものではないかしら」

 誰が何時侍らせたんだ、貸してやったの間違いだろうと思いはしたが、口に出す代わりに溜め息をついてみせる。 この手の議論は男だと言うだけで女に対して勝ち目がないものだ。 とは言えその事をずるいとは思っても羨ましいとは毛ほどもこの店主は思わない。
 まあ、不満に思うからこそ溜め息なんぞが出るのではあるが。

 「それにしても、この時期に君が起きてるなんて珍しいんじゃないか? 冬場は長い眠りにつくと聞いているが」
 「偶にはそういうこともあるわ」

 やや強引とは思ったが話題を変えてみると、意外にも返答が僅かに低い。
 はぐらかす訳でもないが、あまりはっきりしない答えにその表情を窺おうと目を向けてみても豪奢な御髪に遮られ、垣間見る事は出来なかった。
 尤も、見えたところで心情を読む助けにはなりもしないだろうが、と店主は胸の内で呟く。

 「それで、ここへ来て彼女を唆したのも偶々かい」
 「唆したとは酷いわね」

 拗ねたような声。 しかしころりと店主を見上げたその顔には曖昧な笑みが浮かんでいた。

 「誰にだって、人恋しくなる時はありますわ」

 唐突なその言葉にきょとんとする店主に今度は悪戯っぽい笑みを浮かべてそれから、と続け

 「さっきから手が止まっていましてよ」

 などと宣う大妖に思わず店主は額に手を当てる。

 その時ふと、暗い部屋で一人目を覚まし不安そうな顔で辺りを見渡してからスキマを開いて香霖堂を覗く大妖の姿を幻視した。
 そんな想像を自分自身で否定しながらも、何だかんだで頭を撫でてやる店主を見上げる大妖の笑顔に何故かそのイメージを拭えないでいる。

 ひょっとすると、もしかするのかも知れないなと、ほんの少しだけ先程までよりも労わるような優しい手つきで、その柔らかい髪を撫でるのだった。


















 「ところで、僕は何時までこうしていればいいのかな」
 「私の気が済むまででは駄目かしら」
 「……いい加減、足が痺れてきたん」

 直後、店主の頭上に落ちてきた金ダライが小気味良い音を立て、弾みで落ちた店主の眼鏡が床に跳ねてこれまた良い音を響かせた。






























 時は移ろい、場所もまた。 ここは八坂・洩矢の二柱が住む社。
 少々準備の慌しい夕餉を済ませた憩いの一時に、茶と切り分けた羊羹を盆に載せて風祝が運んできた。

 「おや、羊羹なんて置いてあったかい?」

 卓袱台に置かれた湯飲みを手に取りながら八坂の神が尋ねると、風祝はぴくりと肩を震わすが努めて自然に笑って返す。

 「いえ、香霖堂さんのところで話し込んでしまって、帰るときに引き止めた詫びにと。 悪いかなとは思ったんですけどね」

 あの大妖が持たせたなどと言ってしまえば要らぬ勘繰りを受ける事にもなりかねない。 加えて素直に店での顛末を口にするのも憚られるので予め考えておいた台詞を述べたが、見透かされやしないかと内心緊張していた。
 しかし八坂の神は茶を啜りながら殊勝な心がけだと暢気に伝え聞くだけの店主の評価を改めただけだったし、反対側の洩矢の神は特に話も聞かず羊羹を一切れ口に運ぶばかり。
 うん、これおいしい。
 そんな二柱の様子にそっと安堵の息をついたが、一転して風祝の巫女は緊張の面持ちを作った。

 「神奈子様」
 「む?」

 風祝の固い声に、どれ一つと羊羹を頬張っていた八坂の神が振り返る。

 「その、膝をお借りしても宜しいですか?」

 ずずっ、ことり。

 羊羹を咀嚼し茶で飲み下す程度の間を置いて、それでも意図を量りかねた八坂の神は曖昧に頷いた。

 「で、ではっ。 失礼致します」

 そう言ってそろそろと八坂の神の膝を枕に風祝が横になると始めは驚きに目を見開き、次いで八坂の神はそれを慈しみに溢れた微笑に変えて頭を撫でる。
顔を赤らめて未だに膝の上で身体を固くしたままの風祝を眺め、ちょっと甘えるだけでそんなに緊張する事があるかい、と苦笑が零れた。
 だが、こんな風に頭を撫でてやったのは、この子が素直に甘えてきたのは一体何時ぐらいぶりだろうか。
 物分かりが良く真面目なこの子は早くから風祝の巫女としての役割や立ち振る舞いを理解し、我ながら手の掛からない良い子だと思っている。
しかしその分、子供らしくしていられた時間がこの子にどれほどあっただろう。 気が付けば素直に甘えてくる事もなくなっていた。
 それを早い成長の証だと思えば嬉しくもあったが、親代わりの身としてはやはり寂しいものでもある。
 それが今頃になってこのように少々の無理をしてでも甘えてきたところを見ると香霖堂で何かあったのだろうが、それを今聞くのも野暮だ。
 だったらこの言いようのない喜びに浸れる事を感謝しておこう。

 「今日は、久しぶりに髪を洗ってあげようかねぇ」

 風祝の巫女ではなく、何も知らない無垢な幼子だった昔を思い出しながら、八坂の神は気付けばそんなことを口にしていた。 ところが、

 「ちょっと待った!」

 風祝が何か言う前に待ったを掛けたのは、それまで沈黙を保ってきた卓袱台を挟んで向かい側の洩矢の神。

 「神奈子はもう早苗に膝枕してあげてるじゃない。 だからこっちの役目は譲れないよっ!」

 だんっ! と卓を叩いて捲くし立てれば八坂の神はにやりと笑って返す。

 「早苗はあたしに甘えてきたんだ、最後まであたしが可愛がってやるのが筋じゃないかい?」
 「口で言っても分からないんじゃ仕方ないね」
 「久しぶりに、やるかい?」

 急速に沸き起こる闘気を身に纏い、不可視の火花を散らせてゆらりと立ち上がる二柱。
 それに挟まれる風祝。

 「家のお風呂じゃ二人入るだけで狭くなりますよぉー!」

 夜の神社に困ったような、それでいて嬉しげな少女の悲鳴が木霊した。






 奉るべき神々にこんなにも愛されて

 ああ、私は何と幸せ者だろう











 風祝の本気の怒号が放たれる、それは一分三十二秒前の暖かな一時であった。


























 ・おまけ~八雲家の場合~

 「ただいま、藍」
 「お帰りなさいませ紫さま」

 大妖の式は優秀である。
 現に今も就寝前に居間でくつろいでいるところに突然スキマが開き、寝所で冬眠中であるはずの主が現れても全く動揺を見せていない。

 「しかし、このような時分に何処へ御出ででしたか?」
 「ちょっと香霖堂さんのところへね」

 上機嫌に言いつつ九尾の式の隣へ腰を下ろす。 その様子に九尾の式はやはり珍しいな、と胸中で呟いた。
 冬が来ると長い眠りに付く主だが、その間に全く起きないというわけでもない。 だが菓子を少しつまんだり、湯浴みで軽く寝汗を落とすなどすれば直に床に付くのが常であり、今回のように出歩く事は記憶の中では一度も無い。
 加えて上機嫌で帰ってきたとなれば出先で何かがあったのだろうが、つまりはそれを体験するだけの間滞在していたと言う事である。
 流石に店主の顔を見て帰っただけで機嫌が良くなるなどとは思えなかった。
 そこまでをほぼ一瞬で考えてまだ茶も出していなかったなと立ち上がり、

 「藍、ちょっとこっちに来なさい」

 主に呼び止められて再び腰を下ろす。 怪訝に思う九尾の式に笑顔で大妖は自らの膝をぽんと打った。
 尚も首を傾げる式の頭から黄金色の耳を隠す頭巾を取って、大妖は告げる。

 「ほら、ここに横になりなさい」
 「……は?」

 言葉の意味を読みあぐね間の抜けた返事をした式だが、笑顔を絶やさぬ大妖を見て疑問に思いながらも九尾の式は主の膝を枕に横になった。
その頭を大妖が嬉しそうに撫でる。

 「貴方にこんな事をしてあげるのは初めてじゃないかしらねぇ」

 しみじみと呟く主の下で、九尾の式はこそばゆいやら気恥ずかしいやら。 しかしながら心地良いのも事実なのでほんのり頬が赤い。
 それを隠そうと努力はしているが、頭を撫でてやる度に尻尾が小さく揺れるので大妖からは顔を見ずとも気持ち良さそうにしているのが分かってしまっている。
 そんなことは露知らず、緩みそうになる頬を押さえながら九尾の式が一体香霖堂で何があったのかと思案していると、唐突に主の手が止まった。

 「そんなところで見てないで、あなたもこっちへ来たらどう?」

 主の声と共に物音がした方へ視線を向けると部屋の戸の影に九尾の式の式が、驚きに尾を跳ねさせていた。
 顔を赤くして小さくなる式の式に大妖が手招きすると、足を崩した大妖の膝に駆け寄って嬉しそうに頭を乗せる。
 元が猫又故かそれともまだ幼い外見故か、ふにゃりと頬を緩めゆらゆらと二本の尻尾を揺らす姿は、なるほど様になる。
 それに比べると自身は他人の目にどう映るだろうかと九尾の式は考え込んだが、どうせ主の他に見るものもいないと考えて、
素直に優しい感触に身を委ねるのだった。



 その身が睡魔に負けるまで、大妖は二匹の式の頭を撫でていたそうな。


 ―了―



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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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ネットの片隅で主に東方Projectの二次小説を書いている小物。
その癖同人に手を出そうとしたり生放送したりと割りと生意気。

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