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膝枕・再

 ――しかしながら人との付き合いにおいて要領の良い者とは、往々にして

    そういった行為さえ打算的に使い、自分の都合で他者を翻弄するのである――












 ・とある新聞記者の場合







 いつもと変わらず悲しいくらいに静かな香霖堂。商店としては問題があるのだが、店主はどちらかと言うとそれ自体は気に入っている。というのも本を読む時にその方が集中できるからと言う商人にあるまじき理由からなのだが。
 そしてこの日、店主は何やら難しい顔で一人本に向かっていた。だがその中身が理解し難い内容だったと
言うのではなく、そもそも今手にしているそれは既に一度読み終えた物。内容を諳んじている訳ではないが、
かといって読み返すほどの物だとは店主自身思っていなかった。

 結局のところ、何やら落ち着けないので手近な本を適当に開いているだけなのだ。

 しかし特に意味のないこの行為にも、一応の理由がある。
 先日半獣の教師との現場を鴉天狗の新聞記者に撮られた際、その時は仕方がないと諦めたものの今に至るまで
何も音沙汰がない。流石に面白おかしいゴシップ記事をその当人にまで持ってくるような真似はしないと
考えていたのだが、その記事を読んだ誰かしらがからかいに来るぐらいの事は覚悟していた。
 わざわざそういった連中に会いに行く事もないと外出さえ控えていたのだが、動かない道具屋と揶揄される
彼としても余り引きこもっていては気分が滅入る。何より読む本は無くなるし弄る道具も底を突く。
 たまに訪れる客も別段普段と変わるところがなく、かといって探りを入れて逆に勘繰られるのは正直面倒なので
この話題を迂闊に持ち出す事も出来ず――などと駄目な方へ駄目な方へと状況が落ち込んできた、正に
そんな時だった。

 カランカランカラン……

 「どうもー、毎度お馴染み清く正」
 「何しに来た」
 「っとと……」

 いつもと変わらぬ態度で来店してきた天狗に思わずきつい視線を向けると、流石にたじろいだのか
入り口の近くで足を止めた。

 「あやや……どうしたんですかそんな怖い顔をして」
 「君なぁ……」

 営業スマイルに困惑の色を滲ませ天狗が首を傾げる。どことなくわざとらしいその仕草に呆れた声を出してしまうが、ふと写真を撮られた時に彼女の姿をはっきりと見た訳ではなかった事を思い出した。つまり件の犯人が目の前の天狗ではない可能性が僅かながら存在する訳だが、

 「とはいえ他に思い当たる奴も居ないし……」
 「何の話ですか?」
 「いや、こちらの話だ。で、今日は何をお求めで?」
 「あー……その、すみませんが買い物ではなくてですね……」

 若干申し訳なさそうに言いながら、天狗は肩に提げた鞄の中を探り始める。何となく身構えてしまう店主に何食わぬ顔で天狗が新聞を差し出すと、店主は気付かれない程度にこっそりと息を吐いた。

 「どうぞ、最新号です」
 「手渡しとは珍しいな。何かあったのかい?」
 「いえいえそんな、単なる気紛れですよ」
 「ふぅん……」

 相変わらず本気なのか読めない笑顔の天狗から新聞を受け取り、とりあえずその場で開いてみる。表紙とも言うべき一面をざっと眺めてみるが、危惧していたような記事は見当たらない。それほど目玉になるような物ではないと判断したか、それとももう一人の当事者の手痛い制裁を恐れたか。しかしそのどちらも今ひとつ決定打に欠ける
気がする。この少女はそんなに控えめな性格をしていただろうか?

 「って、何でまだ居るんだ。用ならもう済んだだろう?」
 「いやー、偶にはその場で感想を頂きたいかなー、と。幸い今日はこの後の予定もないですし」
 「……そうかい、じゃあ傍で見つめるのはやめてくれないか。気が散る」
 「これは失礼。適当に商品でも見させてもらいますね」
 「買ってくれても良いんだが?」
 「あはははは」
 「…………」

 天狗の発言を訝しんだのもそうだが自身の発言を一笑に付された店主が無言で睨み返したのを、天狗はくるりと身を翻してその視線もさらりと受け流す。そのまま天狗の背中を見つめたところで如何ともし難く、軽いため息をつきながら店主は苦い顔で新聞を広げた。
 『内容はともかく』という前置きこそ付くが、流石に店主自身が他の新聞に比べてマシだと評するだけあって、基本的に読み物好きな店主は何だかんだですぐに記事の内容に没頭していた。そこにはこっそり、音を立てないようにする天狗の気遣いがあったりもしたのだが、まあ、それに店主が気付く事はついぞなかった。



           ◆  ◆  ◆



 「うむ……」

 たっぷりと時間を掛けて読破した新聞を几帳面に折り畳み、店主は少しばかり満足そうに息を吐いた。ただ、新聞を丁寧に扱うのは内容を抜きにして紙そのものに再利用の価値が高いからであるし、久々に新しい話題に触れてしっかりと頭を働かせた充実感から満足そうだっただけだが。


 「さて、全部読み終わったよ」
 「すー……すー…………」
 「……おいおい」

 顔を上げると、店主の向かいで天狗の記者がカウンターに頬杖を付いて舟を漕いでいた。しかし読破するまでにたっぷりと、およそ一刻(約二時間)も掛けたとあっては無理からぬ事であった。
 どうしたものかと頭を掻きつつ、珍しいどころか付き合いの深さから見る事を想像もしていなかった天狗のうたた寝姿を何となく眺めてしまう。そんな中、店主は新聞を一人だけで書き上げるのはいかな天狗と言えど、ここまで疲れてしまうものなのかと少々ずれた思いを巡らせていた。
 それは兎も角、

 「ほら、起きろ」
 「んー……」
 「起きろって!」
 「はい……はぃ…………」

 返事をする声がフェードアウトしていき、その後はやはり段々と寝息に変わっていく。店主は呆れてため息をつきながらとりあえずはそこそこ手荒でない方法で起こしてあげる事にした。
 差し当たりデコピンくらいで。

 「てい」
 ぺちん
 「あたっ!」
 「起きたかい」
 「……もう、もっと優しく起こしてくださいよ」
 「それで起きなかったからこその実力行使だ」
 「少女の顔に無断で触るなんて無神経ですよ」

 などと愚痴を言いながらも天狗はどこからともなく手帳とペンを取り出し早速取材の体制をとるが、あくびをかみ殺して目の端に涙が浮かんでいるのが少しばかり締まらない。

 「さて、ではそのたっっっぷり時間を掛けて読んで下さった上での感想とやらをお聞きしましょうかね」
 「……元はと言えば君から言い出したんだろうに」

 棘のある口調で言いながら店主は腕を組み、しかし言葉を継ぐ事無く胸の内で次の切り出しを算段する。

 果たして、件の記事がなかった事について言及すべきか否か。

 天狗の言う事は大概が当てにならないが、今のところ半獣の教師との一件を匂わせる発言はない。仮に下手人が
目の前の天狗ではなかったとして、このまま話題に上げずに流せば無用な探りも入れられず済む。だがあの時の写真がどうなったかが分からなければ、開き直るにしても反論するにしても動きようがない。
 仮に他の鴉天狗が犯人であった場合、不本意ながら協力者としては彼女以外に適任が思い浮かばない、
というのもあったが。

 「どうかしましたか?」
 「……虎穴に入らずんば何とやら、か」
 「はい?」

 つい零した独り言に小首を傾げる天狗を見て、何かを企んでいるのならその時はその時だと店主は覚悟を固める。

 「いや、こちらの話だ……そうだな、まずは気になった点が一つ」
 「はいはい」
 「『アレ』は記事にしなかったのかい?」

 店主の言葉に動きをピタリと止めた天狗の表情をそれとなく注視して見るが、少なくとも店主に判断できるほどの顕著な変化は今のところない。

 「……何の話でしょうか? 面白いネタなら教えてもらえると嬉しいのですが」
 「別に大した事でもないがね、この前慧音が訊ねてきた時の話さ」
 「ふむふむ」
 「まあ色々あった結果、例によって彼女にも膝枕をしてあげてね」
 「……それで?」
 「それだけだ」
 「続きは?」
 「ない」
 「はぁ?」

 突然天狗が椅子を蹴って立ち上がる。しかし店主は眉一つ動かさなかった。

 「いやだって、あそこまでいっておいてその後何もなかったとかないでしょう!? ちゅーくらいしましたよね絶対!」
 「確かに傍から見ればそういう関係に見える構図もあったろう。だが、なぜ君がその事を知っている?」
 「あっ、しまっ……」

 慌てて口元を押さえる天狗に、案外簡単にボロが出たなと思いつつ店主はにやりと笑う。すると天狗は
ため息一つ、観念したように話し始めた。

 「ちょっとがっつき過ぎましたね。私とした事がこの程度で釣られてしまうとは」
 「この店に来るような天狗は君ぐらいしか心当たりがないから、そうじゃないかと踏んではいたが……しかし、あの写真があれば今更僕を取材しに来る必要もなかっただろう。されても困るが何故記事にしなかった?」
 「いやー、まあ、その……わが身可愛さって奴ですよ」
 「流石の天狗も頭突きは怖いか」
 「それはそうなんですけど、何と言いますか……」

 歯切れ悪く言う天狗に今度は店主が首を傾げると、誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべてちょっと申し訳なさげに天狗は言う。

 「霖之助さんのそれっぽいコメントを載せられれば責任を全部押し付けられるかなぁ、と……」
 「…………そろそろ新聞も解約を考える時期かな」
 「え、ちょっ、それは困りますよ!」

 呟くようなぼやきに詰め寄る天狗を無視して、店主は苦渋に満ちた長いため息を吐き捨てる。天狗と付き合い
を持つ上ではこの程度の話は日常茶飯事ではあるが、いざ自分が槍玉に挙げられるとなると面倒な事この上ないなと店主は改めて思った。

 「なら写真はこちらに渡してもらおうか。君にはもう利用価値がないだろう?」
 「嫌ですよ。それに使い道ならまだありますし」
 「……何?」

 眉根を寄せて店主が天狗の方に視線を遣れば、何故か勝ち誇ったような薄ら笑い。そもそも取材と言う名目で
会う時は大抵貼り付けたような愛想笑いとその変化形の表情しか見ることはないが、真意の読めないその笑顔が
今回は殊更不吉に映る。

 「私も天狗の端くれ、慧音さんの追撃から逃れるだけなら速さで負けることはありません。人里に近づき難くなるのは非常に痛いですけどね」
 「リスクを取れば強行出来なくもない、と」
 「ええ。しかしそこまですると私も旨みが少ないですし、そちらも何かと不都合でしょう?」

 言いながら悪戯っぽくウインク一つ。何を言わんとしているかは明白だった。店主がそれに気付かぬはずもなく、分かりやすく舌打ちをして苦い顔になる。
 考えてみると、狡猾なこの天狗にしてはあっさり手の内を晒しすぎだった。つまりこの状況も思惑通りだったのかも知れないと思うと、良い気分にならないのは当然である。

 「……要求は何だ」
 「さっすが店主さん。話が早い♪」
 「言っておくが、この程度で無理難題が通ると思うなよ」
 「大丈夫ですよ。そんなに大した事じゃないですから」

 今度は僅かに照れの混じったはにかむような顔になるが、それが演技なのか素の表情なのかを店主には読み取る事が出来ない。そんな煮え切らない心持ちの店主へ投げかけられた天狗の要求に、店主は目を丸くさせた後でやっぱりため息をついた。




           ◆  ◆  ◆



 「それでは早速、お邪魔しますねー」
 「……どうぞ」

 爽やかな笑顔を貼り付けたまま店主の膝にぽすんと頭を乗せる天狗に、店主はそっぽを向いて不機嫌さを主張しながら投げやりに答えた。そのまま落ち着きなくもぞもぞと頭の位置を調整して、やっと落ち着く場所を探し当てたのか大人しくなった天狗は少し赤くなってはにかんでいた。

 「何というかこれは……やっぱりちょっと気恥ずかしいですね」
 「……へぇ、君にも恥じらいというものがあったんだな」
 「失礼ですね、私だって女の子なんですから当然です」
 「女の子、ねぇ……」
 「気持ちの問題です」

 店主を見上げながらにこやかに天狗は言う。別にその事について特に思うところがある訳でもなかったので、
とりあえず店主は黙っておいた。決して無言の圧力に屈したとかいう話ではない。

 「それにしても、思ったより寝心地は悪くないですね」
 「思ったよりって、良いらしいとか記事に書いたのは君じゃないか」
 「あれは伝聞ですから、実体験とはまた別ですよ」
 「いや、自分の記事だぞ? 信用してなかったのか?」
 「えーっと、正直に言いますとそこまでは……」

 えへへと笑って誤魔化す天狗に、店主は幻想郷ではそもそも信頼に足る情報源自体が少なかったなと
思い直し、実際聞いた相手も大体そんな感じだったなと思った。まあ自分の事は棚に上げているのだが。

 「ところで、そう言うって事は懇意している相手なんかは居ないのか」
 「まあそうですけどって、え……店主さんまさか私の事……」
 「無いから。ただ純粋に意外だと思っただけだよ」
 「意外って、私そんな風に見えますか?」
 「悪い意味じゃないさ」
 
 僅かに苦笑して目を落とすと、眉を八の字に寄せた天狗と目が合った。怒っていると言うよりは心なしか
しょんぼりしているように見え、何故だか店主にはそれが演技ではないように感じた。

 「しかし、膝枕なんてのは初めてだったという訳か」
 「あー、そうかも知れませんねぇ。つまり私の初めては店主さんに……」
 「……やっぱり止めてもいいかな」
 「おーっと店主さん良いんですか? 私はまだいいと言ってませんよ?」
 「…………チッ」

 腰を浮かしかけた店主を天狗が慌てて写真を盾に引き留める。露骨に嫌そうな顔をした上に舌打ちまで
されたが、結局店主はどうにかため息をつくだけに留めてくれた。

 「もぅ、店主さんはお堅いなぁ。冗談に決まってるじゃないですか」
 「次に妙な言い回しをしたら有無を言わさず止めるからな」
 「分かってますって。数多の少女達を虜にした指使いも堪能出来ていない事ですし」
 「……君は真面目にやってもらうという気があるのか」
 「当然じゃないですか」

 何故か自信満々に言う天狗に呆れて言葉が出なくなる。仕方なく頭襟を外した天狗の髪へ適当に指を
梳き入れると、案の定慣れない感触に身じろぎをして天狗は体を強張らせた。

 「っ……」
 「……お気に召さないようなら今すぐにでも止めようか?」
 「い、いえ、ちょっと驚いただけです……気にせず続きをどうぞ」
 「そう言われてもやり難いんだがな」

 などと言いながら霖之助は手を止める事はしない。そうして続けている内に慣れてきたのか満足そうに目を
閉じた天狗に対し、何かに気付いたらしい店主は少し意外そうな顔になった。
 しかし、直後に聞こえた声にその表情も固まってしまう。

 「はぁ……こうして私も他の少女達のように堕とされてしまうのね……」
 「…………」

 店主はぴたりと手を止めると、無言で天狗の頭に両手を添えてそっと横に

 「ちょっ、だから冗談! 冗談ですって!」
 「そういう冗談はあまり好きじゃないんだ」
 「照れ隠しに決まってるじゃないですかー、その辺は察して下さいよもう」
 「ああはいはい」

 不満げに唇を尖らせる天狗に店主が面倒くさくなって適当に返せば、それはそれで天狗は頬を膨らませる。
原因は向こうだというのにどうすりゃいいんだと渋面を作る店主に、不意に少し真顔に戻した天狗が口を開いた。

 「そう言えば、色んな少女の髪に触れてきた店主さんに一つお聞きしたいんですが」
 「…………何だい」
 「それと比べて私の髪ってどうですか?」
 「髪か。うーん……」

 問われた店主は視線を遠くに移して記憶をなぞる。ついでに顎に手を当て暫し黙考した後、僅かに緊張の面持ちで店主の言葉を待つ天狗へぽつりと告げた。

 「そうだな、手触りは恐らく一番……」
 「一番?」
 「酷い」
 「酷っ、ええぇぇぇぇっ!?」

 途端に天狗が大げさに悲鳴を上げる。煩わしそうに店主が耳を塞いでそれをやり過ごすと、膝の上でじたばたと
悶えた挙句に天狗は横を向いて泣き言を言い始めた。わざわざ嘘を言ったでもないのだが、意趣返しのつもりで
敢えて言葉を選ばなかった店主としては予想外の反応に罪悪感を小突かれて複雑である。

 「うぅ、ショックだぁ……これでも結構気にしてたのに無頓着そうな霊夢なんかにも負けるなんて……」
 「……最後の方は聞かなかった事にするとして、君の場合は仕方が無い部分があるとは思う」
 「髪にいいからって折角買ってやってたのに河童どもめ……今度会ったらきっちりシメて」
 「だから日頃の手入れが悪いとは言ってないだろう、聞いてるか?」
 「へ?」

 その言葉が余程意外だったのだろう、天狗は間の抜けた声を出して動きを止めた。そこへ呆れた表情の店主が
さっきまでより優しくその頭に手を乗せて続ける。

 「幻想郷最速を自称するくらいだから、ただでさえ普通に空を飛ぶだけで人より髪を傷めやすい上に、今日は
新聞を配る為にあちこち飛び回って来たんだろう? その状態で比べるのは些か不公平ではあるよ」
 「う……む……妙なところでちゃんと見てるとは……」

 ぼそりと呟いた天狗の頬が少し赤くなる。今や膝に埋めるような状態の顔は見えないが、髪の隙間から覗く耳が
ほんのり赤くなっていたので店主にそれを隠せていない。そんな彼女にしては素直な反応に、珍しいものが見られたと店主は僅かに口元を緩めながらまた髪を撫で始めた。
 やや短めの黒髪は指通り滑らかとは言えないが髪質自体は瑞々しく、撫でるほどに本来の艶を取り戻していくかのように指の間を抜けていく。

 髪を梳かすという事は古くは髪の汚れを落とすという意味があり、魂の宿るとされた頭に触れる事から穢れや邪気を落とすという意味もあった。その為の道具である櫛自体にもその語源を奇し(くし)とするところから呪力を持つとされ、別れを招くとされる一方で災いを退けるお守りとする場合もある。
 だからと言う訳ではないが、すっかり身を委ねきっている膝の上の天狗の心の穢れも一緒に拭う事は出来ないかと、店主は丹念に天狗の髪を手で梳かしていく。

 「……ところで、これはいつまで続ければいいのかな?」
 「えーあー……まあ、それはもちろん皆さんと同じで」
 「だろうと思ったよ」

 半分上の空のまま答えた天狗に店主はため息をつきながらも手の動きを再開させる。少しばかり乱れの残る
髪を傷めないよう優しく指で梳けば、満更でもなさそうに天狗も目を閉じた。

 「そのまま黙っていてくれれば早く終わるんだがね」
 「あ、言いますね。ならその腕を見せてもらおうじゃありませんか」
 「期待に沿えるよう善処はするよ」

 今度は頭の位置を戻して挑戦的な笑みで見上げてくる天狗へ苦笑を返し、店主はその頭をふわりと撫でた。



           ◆  ◆  ◆



 何だかんだと言いながら程なく天狗は規則正しい寝息を立て始め、店主は手を止めて腕を組んだ。
 結局のところ、彼女は一体何をしに香霖堂を訪れたのだろうか。
 頭の回転も速く、狡猾とも言える普段の立ち振る舞いを考えるほどに今回の件は彼女らしくない。
 いっその事ただ単純に今の状況に持って行く為だけに動いたと考えるとしっくり来るのは確かなのだが……

 「うぅん……」

 そんな事を考えるていると、膝の上で天狗が寝返りを打った。らしくないと言えばこうも寝付きが良いというのも不思議な気がする。もしかすると、日頃の疲れを癒しにでも来たのかも知れない。
 その為に振り回されたとすればあまり良い気分ではないのだが、その代わりに珍しい表情や反応を見る事が
出来たと考えると、まあそれはそれで悪い事ではないのだろう。

 なればこそ心に溜まった疲れまでも拭えはしないかと、店主は安らかに眠る天狗の髪にもう一度触れるのだった。

膝枕・文


           ◆  ◆  ◆



 店主は外の表札を裏返し西日が差し込み赤く染まった店内に戻ると、そのまま厨房まで入って冷ましておいたヤカンのお湯を急須に入れた。沸騰したお湯をそのまま使っては渋くなり過ぎる。美味いお茶を飲むためには淹れる湯の温度にも気を払う必要があるのだ。
 薄暗くなりつつある店内のカウンターまで急須を運んで椅子に座り、暫し待つ。
 ふと、置かれたままの文々。新聞が目に入った。また来ると言い残して店を辞した彼女は、今日の事も記事にするのだろうかとぼんやり考える。

 ある意味、あの天狗と店主とは対照的だ。単に新聞の作り手と読み手という話ではなく、動き回って外に新たな何かを求める天狗と店に座して自らの思考の内に新たな物を探す店主。
 それはどちらが良いかというものではない。そうではないのだが……

 「流水腐敗……ではないが、ここのところ外に出ていなかったのは事実だし」

 座して待つばかりで事態が好転した例もついぞ無かった訳だしな、と自嘲気味に笑った。
 そこまで考えて急須のお茶を湯飲みに注ぎ、一口すする。

 ――美味しいお茶を淹れるには、お湯の温度だけでなく抽出の時間もまた重要である。

 苦い顔で湯飲みをカウンターに戻した店主は、珍しく自身の考え事に耽る癖を自省するのであった。




 ―了―
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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール
ネットの片隅で主に東方Projectの二次小説を書いている小物。
その癖同人に手を出そうとしたり生放送したりと割りと生意気。

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